+クラッシュ・ゼロ+

 「なるほど。ブラック・ゴーストの残党か……なら話は早い」
  まったく嫌気が差す状況下で新たに判明した事実について、アルベルト・ハインリヒは苦笑いとともに
 納得した。世界に闇の手を伸ばし、いいように暴利を貪る不愉快きわまりない営利追求集団であれば、自
 分に対して確かに恨み骨髄まで達していようとも容易に推測できる事でもある。
  もっとも。だからといって閉じ込められた一室に大人しく陣取り、爆破されるまでの数十分を諦めて無
 為に過ごそうとまでは思わなかった。冗談ではない、逆恨みにもほどがあろう突然の復讐劇に付き合って、
 廃墟もろとも粉微塵になるのは願い下げだった。
「数十分――か。どうしても俺を恐怖のどん底に陥れたいらしいな。見上げた熱意だ」
 相変わらずブラック・ゴーストは悪趣味だ。アルベルト、いやサイボーグナンバー004は口元に笑みを
湛えてそう評した。
 彼を乗用車ごと攫い、推定で20メートルほども上空からダイビングさせ、車内から逃げ延びるのを確
実に想定していたのであろう絶妙なタイミングで網を張り、とはいえ救うわけではなくそのままの格好で
とある廃墟へ放り込む。粗雑な手口は故意によるものと見て間違いない。姿を現さない襲撃者は、まるで
弄ぶかのように連続して意表をついた攻撃を仕掛けて来、しまいには
「ブラック・ゴーストの恨みを思い知れ」
 聞きなれない男の声で体内通信へ直接宣告したものだ。それまでは訳が判らず、反撃しようにも自分の
現在位置もろくに把握できない状況であって、万一の事を思えばうかつな重火器使用は躊躇わざるを得な
かった。仕方なしに
「とりあえず様子見だな」
 消極的な判断を下して、まず先方のやりたいようにやらせた004だった。
 お蔭で、どうやら現在の居場所はかなり都心部から離れた位置であり、放り込まれた廃墟はかつてリゾ
ートホテルだったものが何らかの理由で長く放置されたものらしい、と見て取る事はできた。さらに襲撃
者はブラック・ゴーストの残党をいまのところ自称しており、壊滅させられた恨みを晴らしたいようだ、
とも見当がついた。ついでに、あと数十分ほどでこの場所は爆破されるとの有難くない内容も聞かされた
が。
 爆破について、時間を明快に区切らずぼかした表現をしたのは、恐らく恐怖心を煽る目的に挑発の意味
もこめているゆえであろう。どうだ恐ろしいだろう脱出できるものならしてみろ、という仕掛けた側の底
意地の悪さが感じ取れたが、004は先方の予想あるいは期待通りの感情を催したりはしなかった。怖いと
も思わなかったし、挑発に腹が立ったわけでもない。ただひたすら
「やれやれだな。下らない遊びに付き合わされたものだ」
 あきれていたのだった。
 もっとも、彼はすぐ気分を引き締めた。ばからしいとの感想は真実としても、いまはそれより脱出を優
先しなければならない。室内を軽く見渡し、長い時間の放置で荒れきったかつてはそれなりに快適な寛ぎ
の空間だったに違いない客室の成れの果てに、何か役立つものは無いかと検分した。
 視界にあるのは、風雨にさらされてぼろきれも同然となった毛布やシーツ、掛け布団、ピロー。脚が折
れて床に転がらざるを得なくなったサイドテーブル、備え付けのローボードから遠い位置に散乱するグラ
スやコーヒーカップの残骸。
「まったく、ロクなものがない」
 残念ながら苦笑するしかなかった。どれもこれも使えそうも無く、一番頼りになるのは自らに備えられ
た戦闘能力であろう。004は覚悟を決め、まずドアに近寄った。開閉された様子は伺えず、蝶番は錆び、
ドアノブも劣化に耐えられず自然に外れたのだろうか、あるべき場所には形跡が頼りなく残っているだけ
だった。ただ鍵だけは頑丈な造りだったものか、しっかりとかかっている。
 が、004は特に問題視しなかった。このていどなら実力行使でケリはつくであろう。彼は天井を見上げ、
そこに穴が開いているのを確認した。先ほど、この部屋に放り込まれた際に自分が意図せず開けたものに
違いない。ひと一人は充分通り抜けられるであろうが、横着は禁物だと彼はよく知っている。穴を抜けよ
うとしたら何が起こるものやら――罠の用意は疑って然るべきである。
 004の選択は戦術上妥当にして過激な策だった。ドアの向こうに誰が潜んでいたとしても問題にしない、
すなわち右手のマシンガンアームにものをいわせ、問答無用で粉みじんにしてのけたのだった。
 マシンガンをフル回転させ、同時に壁へ飛びついて敵の突入に備える。もうもうと上がる弾幕、そして
積もった塵がたちまち視界を悪化させたが、条件は先方(がいたとして)も同じ事であり、このような場
合は先手必勝が常道だった。一拍置いてからあり構わずマシンガンの追加乱射を行い、廊下までも瓦礫に
変えた。
「……まぁ、どうせ廃墟だ」
 哀れな建物に多少の損害が水増しされたところで、この際はやむを得ない。004は反撃が返ってこない
と見て取って、客室を飛び出した。さしあたり、周辺には誰も居ない。
「さて。次はどう出てくるんだ、ブラック・ゴーストの生き残りさんよ」
 あえて大声で呼びかけ、壁が崩れかけているホテルの廊下を駆け抜ける。フロア案内板が目に入り、次
にエレベーターホールに出たと知れた。壁の案内によると現在位置は9Fとなっている。エレベーターは
当然動かない。階段を駆け下りるか、それとも。
(そんな面倒、やってられるか)
 004の選択はまたしても過激だった。エレベーターホールの窓を突き破り、一挙に外へ出ると決めたの
だった。確かに階段を使うのは時間がかかりすぎる上、敵に伏兵がいた場合、上階の踊り場からいいよう
に狙い撃ちされる恐れがある。その点、窓から直接地上までダイビングすれば、少なくとも体が静止状態
にならないだけ精密射撃の的になりづらく、よって安全なのだった。9Fなら地上まで恐らく45m弱とい
ったあたりであろう。戦闘用サイボーグの身には高度というほどの高度でもない。
 しかし。
「うわっ!」
 さすがに、敵もそのていどは折込済みだったのであろう。窓を突き破ったその瞬間を見定められていた
ものか、突如足首に異変が生じた。
 両足首に何かが巻きついていた。がっちり絡めとられ、そうと認識する暇もあらばこそ、004は存分に
振り回された。単純な円周運動ではなく、高速周回にまるで波打つようなしなりが加えられたきわめて獰
猛な動きだった。逆さに宙吊りだけでも体にかかる負担は相当なものだったが、そこに2Gを超える遠心
力が容赦なく加勢しているのだから、脱出の方法はそう簡単に見つかるものではなかった。
「ちッ。
 おふざけも度が過ぎるぜ」
 舌打ちもろとも罵声を吐き捨てるのがせいぜいで、そのうえ腹立たしい事に
「どうだ、スリルは。そこいらのジェットコースターじゃちょっと味わえないだろう」
 例の男の声があからさまに挑発してきた。もちろん、屈辱を耐え忍んで許しを求める004ではない。
「せっかくなんだが、ジェットコースターは趣味じゃない。頼んだ覚えも無いアトラクションに招待され
るのも嬉しくないもんでな。この辺で降りさせてもらう」
「何だもう飽きたのか。
 まぁそう言わずにもう少し楽しめ――こういうのはどうだ?」
 恐らくはフレキシブルパイプなのであろう、004の両足首を戒めた鞭は、見知らぬ男の悪意に溢れた軽
口を合図にしたかのように急速な収縮を始めた。縦横無尽に振り回されている最中、体が言語道断な速度
で建物に向かって引きずり戻されるのを、004は感覚で悟った。抵抗する間もない。太いパイプの鞭は飛
び出したフロアの真下に吸い込まれ、その際に004の背面を壁へ嫌というほど叩きつけたのだ。
 後頭部に襲ってきた重苦しい衝撃は即座に激痛へと変化を遂げ、首から肩甲骨の辺りが灼熱する。さら
には割れ砕かれたガラスの破片がシャワーとなって全身に降り注いできた。生身であればどれほど惨い姿
になったものか、わざわざ想像してみる必要は無いであろう。
「物事には限度があるんだ!」
 サイボーグ相手とはいえ、派手にやってくれるものだ。004は廊下を引き摺られながら叫び、腹筋運動
の要領で懸命に上体を起こした。左手の電磁ナイフが空を裂き、パイプの先端も切り飛ばした。猛速度で
引っ張られていた反動が、彼をさんざん廊下に転がして挙句に再び壁へ衝突させたが、物騒かつ不愉快な
アトラクションを強制終了させる代償としては致し方ない。ようやく自由になり、激しい眩暈と全身の激
痛を努力して堪え、004は立ち上がった。どうやら一階下、8Fに連れ戻されたと見える。
「脱出に当たって、窓の使用は禁止というルールか」
 呟くと、その通りという返答が通信に入ってきた。まったく腹立たしい。が、このとき004は敵の思惑
についてあるていどの見当をつけていた。
(このホテル、元はブラック・ゴーストのダミーだったのかもしれないな)
 自分に恨みを晴らすにしても、先ほどのような大規模な仕掛けを後付けで設置するのはあまり現実的と
はいえない。いまの彼らにそれほど潤沢な資金と人手があるとは思えないのである。となれば、表向きは
リゾートホテルその裏の顔はブラック・ゴースト関連の施設――だった可能性のほうが断然高い。廃墟に
見えるが、実のところはそう見せかけてあるだけで、むしろ施設としては活発であるとさえ考えられる。
(単純な復讐云々じゃない。実験――いや。もしかしたら)
 ブラック・ゴースト復興活動の一環なのではないか。そう推理すれば、重火器を満載した戦闘サイボー
グである自分を特に見込んでここへ連れてきた理由のひとつが垣間見えてくる。仮定であるが、これは模
擬戦であり、ブラック・ゴーストの残党は004との戦いをデータ採取および顧客へのデモンストレーショ
ンの場に使っている……あながち的を外した予想でもないであろう。
(だとしたら、きついお仕置きをくれてやる。いい加減に懲りたらどうなんだ、ブラック・ゴースト!)
 フレックスパイプが消えていった奥を目指して、004は走り出した。
 客室のドアが並ぶ廊下を走り出したほぼ直後、やはり兵士が伏せてあったと判った。ドアがいきなり開
き、004の目前を遮ったのである。反射による対応が遅れれば、彼は自分の出している速度でドアにした
たか打ちのめされたところであろう。が、予想はついていた。おいでなすった、としか思わず、彼は走る
のを止めないで右ひざを突き出した。
 何の躊躇もする事なく小型ミサイルを打ち出したのである。むろん、射出と同時に大きくバックステッ
プ、可能な限り姿勢を低くする対処も忘れない。爆風が瓦礫ごと頭上を通り過ぎた後、身を起こしてみる
と、果たして。室内に潜んでいたと思われる戦闘要員たちが悲惨な状態を晒していた。ざっと見て20名
分はある、敗者の姿だった。
「おい、ブラック・ゴースト。少しは下っ端連中に気を遣ってやれ。ただでさえ人手不足だろうに、こう
も待遇が悪いんじゃ誰も寄り付かなくなるぞ」
「こちらの心配より自分の心配が先だろうが」
 声と同時にあのフレックスパイプが再度の襲撃を試みてきた。が、004は落ち着き払い、足首を掴まれ
る前、逆を突いて自ら腕を伸ばした。パイプを握ったのである。
 これには襲撃者も驚いたと見え、男は慌てたようなうめき声を彼に聞かせた。004は気にとめず、まる
で嫌がって暴れるようなパイプの大鞭を握り、そのうえ電磁ナイフで切りつけた。わざと浅く切ったのは
「よし!」
 パイプの収縮を促すためだった。奥へ引っ込もうとする鞭の先端を握る事で、少なくともどこから伸び
ているものか拠点を探し出せると考えたのだ。先方はその読みを看取したとみえ、さかんに波打って小癪
な相手を振りほどこうともがいたが、意図的に引き摺られている004も譲らなかった。
「さっさとケリをつけさせてもらうぞ」
 切り札であるミサイルは二基しかない。残りは一基、慎重に使うタイミングを計らねばならず、それな
ら最も重要なポイントに叩き込む。一撃で決める。004の狙いだった。
 簡単には振りほどけないと知ったらしい襲撃者は、フロアに配していたと思われる兵士を投入してきた。
客室のドアが一斉に開き、無数の機銃掃射が牙を剥いたのだ。
 まさに無数だった。強化ボディとはいえ、合計すれば数百万発にも及ぼう弾丸の襲来をすべて耐え抜け
る見通しは立たない。持ちこたえたとしてもそれなりのダメージは免れず、先刻受けた壁との衝突の分も
含めれば、004とて無事では済むまい。
「今度は耐久力テストか。頼んでいないと言ったはずだぞ!」
 連続される「親切の押し売り」に辟易しつつ、彼は思い切った行動に出た。掴んだパイプの先端を基点
として、ダイナミックに廊下を蹴り上げると、倒立の体勢になった。兵士達がおおっとどよめくのが聞こ
えた。それには構わず、さらに前転。宙で身を翻し、猛速度で動く鞭の上にすたりと降り立って見せたの
だった。人間の極限を遥かに超越する、神技と称してなお足りない体術の粋であった。
「オリンピックの選考会なら多少はやり甲斐もあっただろうにな。残念だ」
 観客たちは、だが拍手の代わりに機銃掃射を一段と激しくして応じてきた。まったく無粋な連中に、004
は不敵な笑みを見せた。彼らには死神の微笑も同然だったであろう。
 004は敵兵士らの意表をついた。立っているすらも有り得ない状況の複雑なうねりを見せる鞭の上を、
彼はあろう事か走り出したのである。時折は前方転回、左腕一本で全身を支えて倒立、と超人ならではの
アクションを披露してそのたび敵の度肝をぬいた。それだけでは済まさず、パイプを伝い走りながらマシ
ンガンアームでの反撃を浴びせてゆく。巧みに隙をつかれた兵士たちはほとんど何もできず、空しく倒れ
ていった。
 8Fのフロアを抜け、推定で北側と考えられるエレベーターホールに着いたとき。フレックスパイプは
エレベータードアの中に吸い込まれていった。004は危険を承知で鞭にしがみついた。
 空間にエレベーターは無い。上に目をやると、10Fあたりか。そのフロアで停止状態になったらしいそ
れが視界に入った。となれば、次は。
「……まぁ、当然だな」
 予想は的中し、エレベーターが落下してきたのである。かなりの重量があると自明のそれが頭上に炸裂
すれば――そのくらいなら、切り札を惜しむべきではなかった。左ひざにも内蔵されている小型ミサイル
に、思いもよらぬ早さで出番が回ってきた。
 三度めの瓦礫シャワーが彼を襲った。比較的大きい鉄の破片はマシンガンで、重量がありそうに見える
ものは電磁ナイフで、個別に対処しつつ彼も鞭ごと落下してゆく。
 当初の企図とは相当に違う形で、しかしそれでも何とか一階に辿り着く事はできた。災難にもほどとい
うものがあろう。
「今日は何だ、13日の金曜日だったか」
 閉ざされたエレベーターのドアを電磁ナイフで切り裂き、挙句に蹴り壊して、004は一階ホールに足を
踏み入れた。あのパイプはというと、ずるずる力なく真横の階段を伝い降りてゆく。ここまで来ればだい
たいの予測はつくので、彼は鞭に先導させるような格好で階段を下りた。
 STAFF ONLY/関係者以外立ち入り禁止
 じつに判りやすい看板とロープで進入を許さない旨の主張がしてある地下一階、パイプはわずかに下部
が開いている非常用シャッターをくぐっていった。
「もう隠しても意味は無い。シャッターを開けろ。
 それとも壊していいか? 弁償はしかねるが」
 004の呼びかけに応じる声は無い。破壊の許可があったものと見なして、彼はマシンガンをフル稼働さ
せた。弾丸に対する耐性はなかったとみえ、シャッターは紙のような手ごたえで役目を終えた。遠慮なく
入ってゆくと、中には男がひとり、そして。
「つくづくブラック・ゴーストというのは趣味の悪い集団だな……このホテルは0012の同類か」
 004があきれた通り、ほとんど何も無い空間の中央には、カプセルに入った人間の脳と思わしい物体が
鎮座していたのだった。男が鼻を鳴らした。
「おまえたちが裏切った挙句に敵対してくれたおかげでな。このざまだ」
「そいつは逆恨みもいいところだ。
 俺達が裏切った? ばか言え。誰がいつブラック・ゴーストの仲間にしてくれと頼んだ。サイボーグ実
験に志願した記憶はかけらも無い。やってくれたのはそっちだ、人間の尊厳に対する重大な裏切りと敵対
をな」
「俺にとっての正義は人間の尊厳を守る事じゃない。研究の成果を出す、これだけだ」
 男は004と正義について語るないしは議論する積もりは毛頭ないようだった。正常な思考なり倫理なり
とはとうに縁を切ったと明白な目で、不運すぎるカプセル入りの物体を見やっている。こんな目に合わさ
れているのはいったいどこの誰なのか、004には知りようがなく、またあえて知ろうとも思わなかった。
0011、0012――肉体を失ったばかりか人間としての外見すら喪失を強制されたかつての敵たちが脳裏を
よぎる。あるいは00ナンバーサイボーグの一員になったのかもしれない、廃墟ホテルに頭脳だけを移植
された気の毒な彼―あるいは彼女―について、004は傷ましさを覚えずにいられなかったがそれは内心の
動きにとどめた。
「話にならないようだ。だったら、やる事はひとつしかない」
 マシンガンアームを構えた瞬間。男は脳を据えたカプセルの一部に指をあてた。同時にあのフレックス
パイプが息を吹き返した。004の背後へ、のたうつ鞭が襲ってきたのである。
 が。金属音と生じた風が、彼に危険の到来を予告していた。すかさず姿勢を低くし、その不意打ちをや
りすごす。パイプは勢い余って男を叩きのめし、さらに脳カプセルまで粉砕したのだった。
 男と、そして合成ヴォイスによる悲鳴があがった。パイプの動きも止まった。半ば自爆といっていい結
末に、004はややほろ苦い思いと安堵の混じった複雑な心境になった。自ら手を下すまでもなかったのは
幸運だったと言えるが、目にして嬉しいとは言い難いおぞましいものにも直面してしまったのである。
 どこかに設置されているに違いない、監視カメラに向かって、彼は
「よく聞け、ブラック・ゴーストの残党!
 二度と下らないまねをするな。復興の夢を見たければ、ベッドで毛布にくるまってからにしておけ。少
なくとも、俺や仲間にちょっかいを出せば、復興の夢どころか壊滅の悪夢が再現されるだけの事だ。肝に
銘じておくんだな」
 激しく怒鳴った。返答はやはりなかったが、正面の壁で「Exit」のランプが点滅を始めたのが目につい
た。非常用の脱出口がそこにあるとの意であろう。暗黙のうちに休戦を申し出てきたもの、と004は解釈
し、若干の危険を考慮はしたが爆破予告されている事でもあり、結局は非常口へ足を運んだ。
 
 
 階段を上ってドアを開くとロビー前に出た。表向きは従業員用とでもしてあるのだろう。宿泊客の受付
を行うホテルのいわば顔ともいうべき場所の裏側に、たいそう堂々と研究施設をおいていたものである。
木は森に隠せ、とはよく言ったものだ。
 もっともそんな事に注意を引かれていられる場合でもない。004は急いで正面玄関を飛び出した。目の
前に、ゲーム終了のご褒美ないしは破壊された愛車の代わりか、車が一台止めてあった。運転席を見やる
とキーが差し込んであり、アイドリング状態にもなっている。この期に及んでまだ罠を仕掛けてきたとも
考えられたが、その時はその時だ――彼は腹を括ると乗り込んだ。何しろ、戦闘服ではなく私服だった。
あまりにもあまりな有様で、まともに道を歩けたものではない。上半身はすっかり露わになっていて、事
のついでにYシャツの一枚もよこしてくれればよさそうなものだ、などと苦笑を交えて思うほどだったの
だ。
 爆破予告がただの脅しであればよし、だがそうでなかったら。004はアクセルを踏んだ。
 車を発進させ、思い出したくも無い廃墟ホテルから遠ざかりつつ
「009が言っていたな。ブラック・ゴーストは何度でも蘇る。人の心に闇がある限り……だったか」
 小さく呟く。だとしても、怯まない。闇があるなら光もあるのだ。現にあのフレックスパイプ。自爆に
等しいと思われる最期は、もしかすると不運を極めたとある人間が試みた捨て身の抵抗だったのかもしれ
ない。人が持つ命の尊厳を踏みにじられ、取り戻せるあてもない。ならばせめて、自分にその魔の手を伸
ばした男に責任とらせ、自らも。そう考え、あえてあのような手段に出たとも004には思えるのだった。
 自分もまた人でない体を持つ。が、間違いなく心をその身に宿している。そうである以上
(俺は人間だ。なぁ『あんた』もそうだろう? 
 命には尊厳がある、たとえ姿かたちが人間離れしたとしても。これある限り、人は人でいられるんだ。
『あんた』も、最期くらいは人としての節を貫きたかったんだろう?)
 心でそう語りかけつつ、だから守り抜いてみせる――彼、アルベルト・ハインリヒは誓っていた。

    爆発は、起きなかった。

    完結
    STORY Written by RYU
    2007/8/31
    サイボーグ009FanSite ヴァイス様 サイト開設7周年記念

    おおー、戴いた前二作と趣が変わってばりばりの戦闘モノですね。
    何だかんだと楽しそうです(笑)>004
    まあお祭りにはバクダンがつきものといいますし。
    7周年に派手なお祝いありがとうございましたー♪>りゅうさん 

    
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